2010/06/23

きじ稲荷


【  23.きじ稲荷 /(寒川町)  】


 むかし、寒川の念宗寺(ねんそうじ)の坊さんが、いつものように境内を掃いていると、 一匹のきつねが草むらからとび出してきた。
  みると、鳥をくわえている。

「どろぼう。どろぼうぎつね、待てーっ」
坊さんは、ほうきをふり上げて、きつねを追いかけた。
きつねはびっくりして、くわえていた鳥を落として逃げていった。

「おお、かわいそうに死んでおるわい」
坊さんが鳥をだき上げてみると、それは山のきじだった。

「山のきつねが、山のきじを殺すなんて、おまえさんたちは、 鳥とけもののちがいこそあれ、 おなじ山に生きる仲間じゃ。なむ、なむ・・・・」
坊さんは、寺の前の辻のところにきじをうめて、お経をあげてやった。

  これを木のかげから、村の久兵衛(きゅうべえ)、太七(たしち)、茂十(もじゅう)の若い衆が見ていた。
坊さんは、ながいこと念仏をとなえていたが、重い足どりで寺へ帰っていった。

「やっぱりきじだった。おれの目にくるいはねえ」
  茂十(もじゅう)がいうと、久兵衛(きゅうべえ)は、
「どうだ、あのきじで今夜いっぱいやるべ。うめえぞ」
といいだした。太七(たしち)もさんせいした。

「それはいい。坊さんがうめたばかりだ。今掘ればとりたてとおなじだ。さ、掘るべ」
と、三人はきじを堀だすと、かかえてふり向きもせずとんで帰った。

  そして、きじの料理をはじめた。
食いしん坊の久兵衛は、足ぶみして料理ができるのを待っていた。
やっとできて、皿にもったが、まだあまっている。

「うまそうだ。それに腹いっぱい食べられるぞ」
久兵衛がはしをつけようとしたとき、茂十が、
「ちょっと待て、寺の坊さんが供養したきじだ。 おれたちだけで食ったら、たたりがあるかもしれねえ。 どうだ、坊さんにも食わしたら」
と、いって皿を取り上げた。

「それもそうだ。お経をあげた坊さんといっしょなら、たたりはあるめえ」
三人は、あまったきじの肉を皿にもって、寺へ持っていったと。

  それをあのきつねが、境内のすみでうかがっておった。
「せっかくつかまえたおれのきじなのに ・・・・・ 」
きつねは、くやしがった。

  久兵衛は、あたりをうかがい、小さな声で、
「和尚さん、うまいのを持ってきましたから、食べてくだされ。 にわとりの肉をもらったんでね ・・・・・ 。 少しだけど ・・・・・ 。」
と、いってさし出したと。

「ほー、これはおいしそうじゃな。 でも、わしは仏につかえる身、このような生ものはいただくことはなりません。 気になさらず持って帰ってくだされ」
と言って、坊さんは受け取ろうとしなかった。

「ちょとぐらいは、仏さまだって目をつぶってくれますだ。 それに村の者は、だれも見ていないし ・・・・・ 。」
三人は、肉をもった皿を置くと、にげるように寺をとび出していった。
きつねは、それを見て、ますますくやしくなった。

  つぎの夜、きつねは寺へやってきて、
「食うやった、食うやった、きじの肉を食うやった」
と、境内をとびはねながら、うたったんだと。
  これを聞いて、坊さんはとび起きてきた。
見ると、きつねだ。

「やいっ! わしは食わん。食べたのはきじではない。 にわとりじゃ。それもほんのちょっとあじみをしただけじゃ。やめろっ!」
と、坊さんはおこったが、それからきつねは、毎晩寺へやってきて、
「食うやった、食うやった、きじの肉を食うやった」
と、うたうものだから、坊さんはこまりはてて、きつねに頭を下げて、
「もう、そのうたはやめてくだされ。そのかわり、おまえときじを祀る稲荷さまを建ててやるでのお。 すれば、おまえは神さまの使いじゃ」
と、いったんだと。

  きつねは、神さまのお使いになれるといわれ、喜んで山へ帰っていき、それっきり寺へはやってこなかったと。
  こうしてつくられたのが、念宗寺にある『きじ稲荷』なんだと。



―――― おしまい ――――




  『雉子稲荷(きじいなり)』は、寒川町小動(こゆるぎ)の浄土宗・念宗寺の境内にあります。
以前は、寺のそばにあった大木の根元の穴に納められていたが、今は境内に移されています。
  雉子(きじ)は、古くから神の使者と見なされ、特に白雉子は吉兆とされました。
また、姿が美しく、肉も美味なので、珍重されてきました。
「桃太郎」に登場する雉子は有名です。また、稲荷は、農耕とくに稲作と深い関係があり、 京都の「伏見稲荷」が総本社とされ、そのお使いがきつねとされています。
  雉子もきつねも神さまのお使い、それに寺の僧侶の「肉食禁忌」とが、むすびつけられて、 伝説化して語られたものと思われます。


  (かながわのむかしばなし50選)より






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