むかし、二十五歳になる男がいました。 いつも、ほうぼうに行って、 「おら、ご飯を食べない娘を女房にしたい」 といっていましたが、みんなは、 「そんな娘がいるもんかね」 と、相手にしませんでした。
ところがあるとき、いい娘さんがたずねてきて、 「わたしは、ご飯を食べないから、どうか嫁にしてください」 といいました。 そこで男は、その娘さんを女房にしました。
男が家にいるときには、女房は約束どおりご飯を食べませんでした。 しかし、男が働きに出ていってしまうと、家の雨戸をすっかりしめてしまいます。 そして、家の中からは煙がでてきます。
ある時、不思議に思った近所のおばあさんが、戸のふし穴からのぞいてみると、 女房が、たきたてのご飯を釜の中からすくってはにぎり、すくってはにぎり、 頭のまん中にすっぽり開いた口の中へぽんぽん、ぽんぽんとほうりこんでいるのです。 それを見たおばあさんは、おどろいて、夕方帰って来た男にそのことを話しました。
男は、 「それはたいへんだ。 何とかして追い出さなければ」 と思って、女房に、 「出ていってくれ」といいました。
すると女房は、嫁にくるとき持ってきたつづらをせおい、そばにいた男を、 ひょいとつづらの上にのせ、家を出て行きました。
男は、どこへ連れて行かれるのかと、つづらの上でびくびくしていました。 女房はだんだん山奥へ入っていきます。 何とかして逃げようと考えていると、木のしげみの中へ入ったので、 男はひょいととび上がって、のびた枝につかまり、木の上にかくれました。
女房がそれとは知らず、大声で、 「いいさかなをとってきたよ」 とさけぶと、仲間が集まってきて、 「いいさかなって何だあ。何もありゃしないじゃないか」 といいました。
「つづらの上を見ろ」 とふり返ると、つづらの上には何もありません。 女房はおこって、 「さてはにげたな。 ようし、今夜くもの姿になって、とり返してきてやる」 といいました。
木の上でそれを聞いていた男は、急いで家に帰えると、近所の人たちにわけを話し、 助けをたのみました。 みんなは、火をぼんぼん燃やして、その中に金物をうんとくべて待っていました。
やがて、真夜中も過ぎて『丑の刻』ごろになると、家がぐらぐらと動いて、 おかぎさまからくもが下がってきました。
「ほれ、来た」と、 用意しておいた真っ赤に焼けた金物を、いっせいにおしつけると、 くもは死んでしまいました。 それで男は、助かったということです。
―――― おわり ――――
「食わず女房」として知られている話の一つです。 同じような話は、全国に分布していて、女房の正体は、山姥・鬼女・たぬき・へびなどが多く、 クモは西日本に多いといわれています。
(かながわのむかしばなし50選)より
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