鎌倉幕府が滅亡して久しい室町時代、そのころの鎌倉は、街並みは寂びれ、長谷の大仏周辺は草原で家畜が野放しになり、 大仏を拝む人などなく、由比の浜辺には打ち上げられた人骨が、野ざらしになっている。そんな寂しいところでした。 このお噺(はなし)は、その頃の話でしょうか。
むかし、鎌倉に源十郎という魚売りが住んでいました。 ある日、いつものように魚かごをかついで由比ヶ浜(ゆいがはま)を通りかかると、犬に追われた一匹のきつねが、 逃げ場を失って、魚かごの中へ飛び込んできた。 源十郎は、かわいそうに思って、犬を追い払い、きつねを助けてやりました。
その夜のことです。 きつねが源十郎の夢の中にあらわれました。 「今日は、あなたのお情けで、命を助けていただきました。このご恩返しに、よいことを教えてあげます。 あなたは、これからは魚売りをやめて、佐助ヶ谷(さすけがやつ)で、大根をたくさんお作りなさい。そうすれば、きっと幸せになれます」 きつねがそう告げたと思うと、源十郎は、教えられたとおり、佐助ヶ谷に畑を借りて、大根をせっせと作りました。
その年の冬、悪い病気がはやり、鎌倉じゅうにひろがりました。 この病気にかかったものは、十人のうち、八、九人も死んでしまうというありさまで、みんなこまってしまいました。 すると、病人のまくらもとに神さまがあらわれて、 「病気をなおしたいと思うなら、佐助ヶ谷で源十郎が作っている大根を、買って食べるがよい。そうすれば、たちどころに全快しよう」 と、教えた。
このお告げをうけた人は、鎌倉じゅうに、言いふらしましたから、病気で苦しんでいる人々は、われ先にと源十郎をたずねて、 大根を買って食べました。 すると、まことにお告げのとおり、病気は、すぐに治りました。
そういうわけで、源十郎の畑の大根は、みるみるへっていきました。源十郎は、大根がへるにしたがって、ねだんを上げていったので、 しまいには大金持ちになりました。 源十郎は、これもきつねの教えのおかげだと、ありがたく思って、稲荷明神(いなりみょうじん)の社(やしろ)を建てました。
そうこうするうち、源十郎の家では、米もお金もわくようにふえていくので、鎌倉でも指折りの大金持ちになりました。 こうなると、人というものはとかくおごりの心を起こしやすいもので、源十郎もその一人でした。 そのうえ、奉公人(ほうこうにん)までが、勝手気ままなことをするようになったため、世間の人からつまはじきされるようになり、 そのひょうばんは、とうとう公方(くぼう)さまの耳に入りました。
けしからぬやつだ、と源十郎は財産を取り上げられ、鎌倉から追放されてしまいました。 源十郎は、夫婦ふたりきりで、遠い筑紫国(つくしのくに)へさすらっていくことになりました。 源十郎が身につけているものといえば、二、三年の間、やっと暮らせるほどのわずかなお金だけでした。 筑紫に行くには、途中船に乗らなければなりません。源十郎夫婦は、乗合船に乗りました。
ところが、沖に出ると急に波風が立ち、船は今にも沈みそうになりました。 すると船頭は、 「こういうときには、持ち合わせた宝を、海へ投げ入れるほかありません。 そうすれば、竜王さまがお納めになって、難をのがれることができます。 命がおしいなら、金銀でも何でもかまわぬから、値打ちのある物を海へ投げ込んでください」 というのです。
源十郎は、命にはかえられませんから、たいせつに持っていたお金を、海の中へ投げ入れました。 ふしぎなことに、波風はたちまちしずまって、船はぶじに博多(はかた)の港へ着くことができました。
それは、ちょうど十二月晦日(みそか)のことでした。 明日は元旦です。 源十郎の妻は、 「いつものとおり、腹太(はらぶと)を買って、正月をめでたくお祝いしましょう」 といいました。
しかし源十郎は、船の上からお金をほとんど投げ込んでしまったので、もうほんの少ししか残っていません。 とても、お祝いの魚どころではないので、 「そんなぜいたくはよそう」 といいました。
けれども、妻はどうしても聞き入れません。仕方なしに、源十郎はさいふをはたいて、歳取り魚として、腹太を一匹買いました。 さっそく料理にとりかかりましたが、魚の腹に包丁(ほうちょう)をあてると、なんと、腹の中から海へ投げ込んだお金が、 そっくり出てきたではありませんか。 源十郎は、びっくりして、これはきっと、神さまのお計(はか)らいにちがいないと、ありがたくいただきました。
そして、このお金を元手にして、商売を始めたところ、何から何までうまくいって大もうけが続き、 とんとん拍子(びょうし)にまた大金持ちになりました。 源十郎は、生まれ変わったつもりで、名を弥十郎(やじゅうろう)とあらためました。
その後、公方さまの代がかわり、むかしの罪は許されることになりました。弥十郎もご赦免(しゃめん)になり、 また鎌倉へ帰ることができました。 そして、前にもまさる大商人(おおあきんど)として楽しく暮らしましたが、今度は、以前のようなおごりをやめ、貧しい人を助け、 よい行いをしたので、人びとからほめられ感謝されて、幸せな一生を送ったということです。
―――― おしまい ――――
(かながわのむかしばなし50選)より
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