相模湾につき出た小さな真鶴半島の先に、笠島とよばれる三つの岩があります。 岩と岩は、海の神を祀るようにしめなわで結ばれ、三ツ石ともよばれています。 そして、この岩の沖は、むかしから海の難所としておそれられていました。
むかし、三ツ石の沖に、鮫の夫婦がすんでおったと。 子鮫たちを守るために、 ここに漁師を近づけなかった。 漁師の船がやって来ると、ボーン、ボーンと、船底にぶち当たって追い返していたと。
真鶴の漁師たちは、 「三ツ石の沖へ行くな。主の鮫にしずめられるぞ」 と、おそれおののき、やむをえずここを通るときは、もりをもった若者をのせた『鮫追い船』についていった。
そのころ上方から、江戸の寺々へおさめるつり鐘を積んだ船が出た。 船は、お寺へおさめる鐘を積んでいるためか、海の難所といわれる紀伊半島の沖の熊野灘もぶじにすぎ、 駿河湾も追い風に助けられてすぎた。 やがて、下田をすぎたとき、船頭が、 「江戸はもうじきだから、今夜は前祝いでもやるか」 といって舵(かじ)をきり、船は真鶴の港へとむかった。
そして、三ツ石沖にさしかかったとき、 ボーン、ボーン、ボーン と、なにかが船底にぶち当たってくる。 その勢いはすさまじく、船は今にもてんぷくしそうだった。 「海神が、いかったのじゃ。いかりをしずめねばならぬ。鐘をささげるのじゃ」 船頭の一言で、鐘が海へ投げられた。
「あっ!、鮫がっ!」 鐘は、海底から船をおそってきた大鮫をのみこんでしずんでいった。 船は動きだしたが、しばらくすると、またボーン、ボーンとぶち当たってくる。 それは父鮫をうばわれた母鮫が、夫のかたきとばかりおそってきたのだった。 その勢いは、前よりもすごい。船底がさけそうだった。
「鐘を落とせっ!、鮫をねらって落とせっ!」 船頭は、さけんだ。 そして、鐘は母鮫をのみこんでしずんでいった。 船は、すべるように走り、真鶴の港へ入った。
この話は、たちまち漁師町にひろまった。 「海の主を鐘の中へ封じこめたと? きっとたたりがあるぞ」 鐘を積んできた船頭は、それを聞くとおそろしくなり、残った鐘を港の近くの常泉寺におさめて、 上方へ帰っていったと。
三ツ石の沖には、魚がたくさんあつまっていた。 真鶴の漁師たちが、鮫がいなければ安心だと、船をこいで行ってみると、海の底から、 ボーン、ボーン、ボーン と、つり鐘をつくようなぶきみな音がしてきた。 それは、鐘に封じこめられた父、母を助け出そうと、子鮫たちが勢いをつけてぶち当たっている音だった。 漁師たちは、そのひびきをおそれて、急いで港へ引きあげてしまったと。
それから、どれだけの年月がたったろうか。 今でも耳をすますと、三ツ石の海底からボーン、ボーンと鐘をつくひびきが聞こえてくるのだと。
そして、この沖合の鮫を、『ぼんぼん鮫』とよぶようになったのだと。
―――― おしまい ――――
(かながわのむかしばなし50選)より
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